2002年01月01日

刀 その壱

日本の剣劇で、よく刀を打ち合わせるシーンが出てくるが、あれはダメ。
日本刀は、斬ることに関しては世界随一の性能があるが、打撃に関しては劣等生だ。銘工の手による一振でさえ戦闘中に折れることがしばしばあり、さらにたとえ折れなくとも、刀を激しく打ち合わせることで刃こぼれした破片がお互いの顔に飛んでくる。目に入ればその後の戦闘が不可能になる。賢い剣士は、道場で竹刀を打ち合わせる剣法は実戦においてはあまり有効でないことに、早々に気がつくハズだ。
したがって、相手の刀は受けずに刀の腹で流すのが最適な方法だ。流すことで運良く相手の体制を崩すことが出来れば、必殺の一撃を与える隙を生むことにもなる。

そもそも日本刀は、まさに文字通り「斬る」のであって、西洋のソードや中国の青龍刀のように「断ち切る」のとは訳がちがう。相手の身体に打ち降ろしたり、叩き付けただけでは刀身が皮膚を割り肉に食い込みはするが斬ったとは言わず、斬るためにはその後に引くという動作が必要だ。刺身包丁と中華包丁の使い方の違いを見るとこのことがよくわかる。

余談だが、この刀という代物。江戸時代以降武士の必須武器としてのイメージが定着したが、戦国時代においては、敵との戦闘に使われる武器としては二次的なものであったようだ。戦闘の主流は槍や長刀であり、刀は槍などを失った際にやむを得ず使うことはあっても、喜んで使うという程ではなかった。であるのに、刀は、どんな下級の一兵卒でも必ず携帯していた。何故か。実は刀は首を切取る為に持っていたのである。兵はボランティアや愛国精神で戦っているのでない。合戦後の恩賞目当てで戦っているのだ。恩賞の高安を決めるのは首実検であるのだから、何をおいても首を切取る為の刀が必要だったワケだ。
刀といっても、首を切取るには太刀では具合が悪いので、小刀、短刀ということになる。首を切取るには、相手に馬乗りになるのだが、値段の高い首の持ち主は大概鎧を着ているもので、切取る側も結構大変だったようだ。大将たちも首を狙らわれるのが分かっているから、喉輪という部分で首を守っていて、これがあると首がなかなか切取れない。これをはずしているうちに他の敵に襲われたりもするので、相手の息の根を止めてからの方が作業がやりやすかったようでもある。
首を切取る作業は上に述べたように結構大変なんで、兵がみんなこんなことに夢中になっていたら、なかなか戦闘がはかどらない。取った首は一々本陣へ持って帰っていたというから、こんなのは立派な戦闘放棄、敵前逃亡である。その対抗措置として、『討ち捨て』なんていう命令もあった。これは合戦中に首を取ってはならないという命令で、時が勝敗を左右したり、機が重要な合戦に発令された。長久手合戦で発令されたのが有名だ。しかし、この命令には兵はもちろん不満、というか反対だったみたいで、やっぱり首取りしちゃう奴がいっぱいいたみたい。