2002年03月20日

魔法とその制約

魔法っていうのは、その制約によって大別される。
すなわち、実現出来るものへの制約と、発動への制約、そして制約のないものである。

実現への制約とは、どこまで可能かってこと。
死者を蘇らせ、時空を操作し、世界を滅ぼすほど強力か、スプーンを曲げるのが精一杯かってこと。
時間への制約もこれに含まれる。永久に消えなかったり、制限時間がくれば消えてしまったり。

発動への制約とは、魔法の行使に必要なリスクのこと。
リスクには、長い呪文であったり、生贄や術者の生命力、MPや魔法の種や星力なんてのもあったな。
龍球を7つ集めなければならないとか、ツライ修行を耐えねばならんとか、リスクはないけど、願いの数が3つだけとかってのもこれに含まれる。

そして最後に制約なしのもの。
ドラえもんは一見、何でもアリ系のように思えるが、ドラえもんは危機や困難に対して適格な道具を出せないという制約を持っている。敵が現れると、『ヒラリマント』と『空気砲』を出すことが多いが、『もしもボックス』を使えば存在そのものを消滅させられるし、逃げるのに『タケコプタ-』や『通り抜けフープ』ばかりを使い、『どこでもドア』をなかなか出さない。さらに焦ると、それ等さえ取り出すことが出来ず、ガラクタの山を築くことになる。ドラえもんの場合は、道具の能力は何でもアリ系だが、その選択に制約があるのだ。

魔法というのは、派手で効果が大きい程に見るものを魅了するが、制約が少ない程に現実感がなくなる。
魔法に現実感ってのも変な話だが、現実感ある土台の上にあってこそ、魔法という非現実が一際輝いてくるのであって、何もかも地に足のつかない絵空事ばかりでは、魔法はその中に埋没してしまい、不思議世界の諸要素のひとつに過ぎなくなってしまう。前述のドラえもんだって、適格な道具が出ないからこそ、ドラマチックでハラハラするような展開になるのだ。究極の何でもアリ道具『もしもボックス』を使ったら話が成立しないでしょ。