大山倍達

 

『武の道においては、点を起とし、円を終とす。線はこれに付随するものなり』

空手
[1923〜1994] 享年70歳

『ゴッドハンド』『総裁』『空手バカ一代』の大山倍達。
1923年生まれの彼は、満州で育ったらしい。
満州で朝鮮拳法のひとつである十八技を学び、
13歳で帰国した後は空手を学び始めたという。
20歳で四段に昇進。
山籠り修行後、
1947年の全日本空手道選手権大会では優勝。
1950年、館山で牛47頭を倒す。メキシコでも牛と対決してる。
牛を相手にしたのは、人間相手の実戦修行が不可能であった為だが、
牛にしてみれば良い迷惑である。
しかし、このことで『牛殺し』の異名をとり、海外ではかなり有名になったらしい。
1951年の渡米で人気プロレスラーやボクサーに圧勝したことで、
全米中に空手の名を知らしめた。
彼が瓶首を切る手刀の妙技から、『ゴッドハンド』と呼ばれたが、
これは彼の空手の姿勢をよくあらわしている。
つまり、肉体そのものを、武器にかえること。
その武器で、殴り、そして蹴る。これがすべて。

1969年から極真は、フルコンタクトをはじめる。
ルールは『手による顔面への攻撃と、金的への攻撃を禁じる』のみである。
それは、それまでの寸止めルール、
つまり相手を倒すに足る威力を持った打撃も、
当たってはいるが、相手を倒す威力を持たない腕の伸び切った突きも、
同じ1本とするルールから、
実際に相手を倒すことで1本とする、より実戦に近いルール……であるはずであった。
しかし今では、蹴り以外の頭部への攻撃がないルールへの適応が進み、
技の組み立てが変質。
打撃系格闘技はすべからく頭部への攻撃を主軸に構成されなければならないはずだが、
昨今の極真空手の試合にみられる、抱き合うほどに近づいて顔を突き合せた二人が、
胸部への突きや下段回蹴りを繰り返す、あの奇妙な姿を、彼等はおかしいとは思わないのだろうか?
初期の目的を失い実践的から遠ざかった極真は、
その為にグローブ戦において遅れをとる結果に。
グローブ戦に適応しようとボクシングを習い始め、空手スタイルを捨てた者達は、
自分らが最強だと信じてやってきた武術を自らが否定している事実をどう考えているのか。
空手家が、空手最強を証明する為にボクシングを習っちゃダメでしょ。
極真がグローブ戦で遅れをとるのは、空手のせいではないのだから。


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